『蜜蜂と遠雷』が漫画だった
蜜蜂と遠雷、直木賞と本屋大賞受賞の長編小説で音楽モノってことで読んだんですけど、上下巻で800ページ?くらいあったんですがさらっと読めました。
恩田陸先生の名前は知ってましたが読むのは初でした。文体は口語が如何にも口語っぽいところ以外癖もなく読みやすかったです。
物語は導入以外は基本的にずーっとひとつのコンクールを追っているもので、型破りな天才と、正統派の天才と、復帰した元天才と、自覚する凡人とが主人公で、それぞれのバックグラウンドがユニークでした。
あと、音楽を完璧に小説に落とし込むのってもう無理じゃないですか。どれだけ精緻で明晰で豊かな表現力で書いても伝わりきるわけないわけです。
なのでこう、表現の仕方が単調だったり、興奮が伝わりづらい描写だったりするといまいち読者も乗れない(ラノベとかのライブ描写によくある)わけですが、もうあらん限りのメタファーと殆どファンタジーな表現を駆使して、「とりあえずなんかすげえ」ことが何故か視覚的にわかるという、なんだか漫画みたいな感覚で読める小説でした。
ピアノコンテストの運営についても、まあどこまで事実かわかりませんが勉強になったし、素直に読んで良かったです。
あと自分はピアノは弾けないんですけど楽器が触りたくなってきます。登場人物に当てられて、アホほど楽器を練習してみたくなる。
そんな感じで、クラシック詳しくない人も楽しいので読むとよろしいと思います。
結局、実験的な音楽とは何なのか?みたいな話
ふと、「実験的」な音楽ってなんだろうなあと考えてみました。
レディオヘッドとか、
Radiohead - Idioteque (Official Video)
Public Image Ltdとか、
Public Image Limited - Death Disco
キャプテン・ビーフハートとか、
Captain Beefheart & His Magic Band - German TV 1972
なんかいろいろありますが。
「実験的」を辞書で引いてみると、「ためしに行なってみるさま。 」みたいな定義が出てきたりするわけですが、人が聞いて「実験的だなあ」と思う音楽というのはちょっとこの定義からはずれる気がしています。
たとえば新しいところだと玄米法師、じゃない米津玄師さんとか星野源さんなど。
曲の中に他人があまり使わない音色(ウェッ)を入れたり、ポップスっぽくない音階を使ってみたり(フラミンゴとか)と「実験的なパーツ」はふんだんに使われているわけですけど、曲としてはとてもすっきりまとまっていて、ポップス以外の何物でもない仕上がりになっております。
じゃー結局、実験的ってなんだと思ったので、自分が「実験的だ」と思った曲を思い返してみました。
This Heat "Horizontal Hold"
This Heat - Horizontal Hold [HD]
Public Image Ltd. "Flowers of Romance"
Public Image Ltd.- The Flowers Of Romance (Top Of The Pops) 1981
John Frusciante "Same"
John Frusciante - Same - Outsides EP (New Song 2013) - HD
ポストパンク多いな。
で、考えてみたところ、ここで共通するのが、
「その曲に対してどういう感情が喚起されるべきか分からない」ことかなと。
「実験的」ってのはそれだけ理解しがたいことを言うと思うんですけど、「初見(聴)時にどうリアクション取ったらいいかわからない音楽」ってのは割と定義としてアリな気がしています。
言い換えると、その曲を聴いて楽しい気持ちになればいいのか、悲しい気持ちになればいいのか、クールな気分になるか、血が沸き立つようなものなのか。
それが一聴してわからない曲ということになります。
まあだとすると、「実験的だなー」という印象を持たせつつも売れる音楽を作るってのはめちゃくちゃ大変な作業だなあと思う次第です。だってリアクション取りづらい音楽を繰り返し聴こうとは普通思わないですからねー。
そういう意味ではやっぱりレディオヘッドの「OKコンピューター」やピンク・フロイドの「狂気」なんかは絶妙に実験的でありながら感情の琴線にも触れるポップな面もあって、やっぱり偉大な作品だなと思い知らされております。あとビートルズのホワイト・アルバム。No.9はやりすぎ。
OK COMPUTER OKNOTOK 1997 2017 [帯解説・歌詞対訳 / 紙ジャケ仕様/ 高音質UHQCD / 2CD / 国内盤] (XLCDJP868)
- アーティスト: RADIOHEAD,レディオヘッド
- 出版社/メーカー: Beat Records / XL Recordings
- 発売日: 2017/06/23
- メディア: CD
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ハッピーバースデーソング、難易度高い
ハッピーバースデーの歌(正式名称不明)、もしかするとこの世で一番多く歌われている歌なんじゃないかと思うくらいポピュラーな存在なんですけど、その普及率の割に歌うには結構エグい難易度の曲な気がしています。
冒頭の
ハッピバースデェートゥーユー
ハッピバースデェートゥーユー
まではいいんですけど、
ハッピバァァ(⤴︎⤴︎⤴︎)スデイ、の急上昇っぷりが苛烈。
指数関数なの?みたいな上がりっぷり。
ダイビングだったら減圧症にかかってる。
さらにDearのあと。
ここ打ち合わせもなく即興でお誕生日様の名前入れるじゃないですか。
あれ、苗字か名前かあだ名か、一瞬で判断するのきつくないですか?
親しい人が「ユウスケーー!フゥウ!」みたいに歌う中、
あんまり仲良くない人は「奥村さぁぁん…」とかだったりして。しかも自分だけ呼び方違った時の気まずさったらない。なんならそいつの下の名前知らないんですけど。
普段の関係性とか場の空気とか色々加味してディアの後の名前を決める、インプロビゼーション。メロディ同じなのにそれぞれの名前の文字数で収めなきゃいけないし。
怖い、怖すぎる・・・もう親しい人以外誰も目の前で誕生日を迎えないでほしい。
なら僕が消えた方が、早いか。(たられば)
そんなわけでみんな、The Birthdayの新譜が出たから聴こうな。
【amazarashi】ZEPP NAGOYA 6.2 未来になれなかった全ての夜に
amazarashiのライブはいつも情報量がすごい。
スクリーンに投影される無数の文字と、幕越しにうっすら見えるバンドの熱演と、生生しいバンドサウンドとエレクトロっぽい音色が混じっているために、たぶんamazarashiを知らない人が見たら消化不良を起こすくらいの情報量が襲ってくる。
今回のライブもまた数々の鋭かったり優しかったりする言葉にやられたはずなのに、思い出そうとすると中々出て来なかったりします。
「未来になれなかった全ての夜に」と題されたライブの中に、おそらく皆自己投影するところが少なからずあったはず。孤独や挫折や世間との不協和について歌う歌詞に共感し、共感するだけではなくそれに対する答えみたいなものも同時に得ようとするため、みんな飼い主が帰ってきた足音に気づいた犬のごとく一心にステージを見ていて、いつも通り異様なライブなのでした。
なんとなく「未来になれなかった全ての夜に」という題名からすると過去のレパートリーが多いのかと思いましたが、「さよならごっこ」や「リビングデッド」をはじめとして新しめの曲が多い印象で、その中に「ひかり」など最初期の曲も混ぜ込まれているようなセットリストでした。
特筆するところだと、今回「空洞空洞」のかっこよさを再認識しました。実験的な音作りが目立つのですが、ゾクッとするサビに万感の気持ちが溢れてきて、泣くような類じゃないのにウルッとくる、そんな瞬間がamazarashiのライブにはよくある。
さて「月曜日」を聴いたライブの翌日は月曜日で、どんな気持ちで週明けを迎えればいいんだろうと思いながら帰路につきます。
嫌なこと嫌っていうの、そんなに自分勝手かな。働きたくない。
モリッシーの『イングランド・イズ・マイン』 鑑賞。スミスのスの字もなかった。
モリッシーことスティーヴンの伝記映画『イングランド・イズ・マイン』を観ました。封切りの日だからか予想外にそこそこの客入りもあり(あくまでニッチな映画にしては、ですが)、好調な出だしかもしれません。うまくいけば、うん、ボヘミアン・ラプソディーの千分の一くらいかも。
さて完全に真っさらな気持ちで観たい方は読まない方がいいと思いますが感想をば。
まずこの映画、事前に聞いていたとおりザ・スミスの存在を徹底的に消しています。スミスのスの字も出てこないと言いましたが、スを取るとザ・ミになってしまいます。
それもそのはずここで描かれるのは「モリッシーが始まるまで」であって「スミスが始まるまで」ではないからです。スミスの名曲群というのはある意味「スミスというバンドが成功した証」なわけで、今回の映画で一瞬たりともスミスの曲が流れなかったのは本筋的には正しかったんですなー。
まず、モリッシーあらためスティーヴンの描写が良い。うじうじしてて内向的、自分から動こうとせずやたら悲観的なわりに周囲を見下しているという。BUMP OF CHICKENの"イノセント"の歌詞に出てくる「努力はおろか行動さえ起こさないのに 周りの奴らはずるいと決めて」とか「芸術に関しては見る目がある気がする あれは駄目でこれは良い 趣味の話」という人物像にぴったりな好人物っぷり皆無のキャラクター。
と書くと誰がそんな奴好きになるんだと思われるでしょうが、それはだって観客はほぼ間違いなくスミスが好きでモリッシーにやられてしまった残念な人達なので、不快どころかニヤついた人の方が多かったのではないでしょうか。
神経質そうにノートを取り、乱暴にタイプライターを叩いて、思索や詩の類を内にため込むだけため込んで、でもそれを人前で発表したりはできず、鬱屈とした日々を過ごすばかり。
さて、僕が一番好きなスミスの歌詞にこんなんがあります。
I was looking for a job and then I found the job
And heaven knows I'm miserable now
職を探してた 職が見つかった
僕のみじめな気持ちを神様だけが知ってる
映画のスティーブンも終始こんな感じで、複数の仕事には就くものの全く身に入らず、音楽で大成することを夢想するばかり、なのに行動は起こさない。
そう、これは世の中に何万といる「芸術家ワナビ」の痛いところをこれでもかと描きまくった、その手合いの人間にはグサグサ刺さるノットサクセスストーリーなのです。
とはいえ、モリッシーの才能の片りんについてはところどころちゃんと描かれていて、同じく芸術家肌の仲間(?)たちに特異性を見出されたり、一度だけ描かれるステージの場面ではしっかり観客を惹きつけていたり。ちなみにスティーブンの陰キャっぷりが伝わりすぎて初ライブの場面は観ててなぜかちょっと心臓がドキドキした。
個人的に好きなシーンがありまして、挫折したスティーブンが「この世界は僕向きじゃない」と口にするシーンがなんですけど、自分が劣っているとかまさっているとか、それ以前に自分から隔絶されているというか、異質なものに見える感覚がすごいわかってグッサグサきました。それでいて別に特別な人間にもなれないジレンマ。
見どころは、そんなスティーブンが次第に「モリッシー」になっていくところ。無口な陰キャだった彼が、次第にシニカルに言葉を返せるようになっていき、なんだかだんだん立ち居振る舞いもふてぶてしくなっていく様がすげえニヤニヤします。視覚的にも、みんなが知っているモリッシーに近づいているのがわかって楽しい。
もうひとつ。ジョニー・マーがもうほんと、ここぞというタイミングで現れて、短い時間の中でしっかりと二人のそれからの関係性を予期させるような出方をするのもとてもいい。はっきり言ってとっつきにくいモリッシーに、ただただ純粋な興味の視線を向けるのが、劇中でただひとり、ジョニー・マーだけだったというのがもう。
まあそんな感じで、物語の進展してなさっぷりがすごいんですけど、とにかくスミスが一秒も出てこないのに、スミスの予感を多分に感じられる映画だったので、とりあえず社会と学校と教師と仕事を憎む、心に茨を持つチャーミングな皆様方は観に行かれるとよいと思います。ほっておくとI Know It's Overな状態になりかねません。
洋楽と煙草は似ている
煙草って「臭い・汚い・ダサい」の三拍子揃ってて基本的に嫌いなんですけど、煙草と洋楽趣味に結構似たところがあることに気づいて戦慄しております。
その心は。どちらも「かっこいいと思って」始めるけど、別にかっこよくないところです。
煙草に害しかないことは誰もが知っていると思うんですけど、ではなぜ吸い始めるかというと単に「かっこつけ」なんですよね。特に10代のうちから喫煙を始める人は法を破ってる自分のアウトサイダーっぷりに陶酔している確率がマジラブ並です。悪い俺かっこいいと思いながらゴホゴホやってるわけです。
一方、洋楽を聴きはじめる理由も似たりよったりです。なぜ中二が洋楽趣味に走るのかというと、単に周りに聴いている人が(比較的)少ないからです。「周りと違う自分かっこいい」と悦に入る、その実感が欲しいがために歌詞の意味も分からないでボンジョビやグリーンデイを聴き出すわけです。それで理論的なことはさっぱりわからないのにJ-POPをディスりだし、いかに洋楽が高尚かを喧伝して回る…書いてて死にたくなってきたんですけど。
客観的に見て、ゴホゴホせき込みながら煙草を吸ってるクソガキと、エミネムとか聴いてイキってる中学生がかっこいいわけはないんですけど、本人はかっこついてると思ってしまう。なんですかこのカルマ。
ちなみに未成年で煙草吸ってた奴は中年になったらそれを武勇伝として嬉しそうに語り出すまでがワンセット。なんでおっさんって昔の非行を自慢すんの?誰も聞いてねえよ。
で、始まりこそ「なんかかっこよさそうだから」という非常にかっこ悪いものなんですけど、煙草も洋楽どちらも慣れてくると本当に必要なものになっていくところもに似てるなと思います。喫煙者は煙草ないとイライラし始めるし、洋楽リスナーは音楽を聴くというと洋楽を第一に考えるくらい自然な行為になっている。
いつの間にかかっこいいから洋楽聴くとかいう意識がなくなってきて、完全に生活の一部になってるので、たまに洋楽アーティストのライブに行くと言うと「すごーい」なんてお世辞で言われると普通にビビったりします。チケット売れてないみたいなんですよ、そのライブ…。
かくいう自分もそういう経緯でずっと洋楽ばかり聴いてきたわけなんですけど、いつのまにか洋楽至上主義的な考え方がかなり直ってきた気がしております。そりゃもう高校時代なんか心の中でイキりたおしてたんですけど、日本の音楽を結構聞くようになり、多少理論的なところも齧りだして「音楽家ってみんなすごいなあ。」と思うようになったことで症状が緩和されてきたんでしょうか。あとは、正直洋楽への憧憬みたいなものが自分の中で薄れつつあるのを実感しています。ライブのチケット絶対余るし…。昔はビルボードのランキングとかも毎週チェックしてたんですけど、今は全然興味持てないんですなー。なんだか悲しい。
さて、なんか相当脱線しましたけど、つまり言いたいのはこういうことです。
「サマソニのラインナップ、こんなんほぼロック・イン・ジャパンじゃん。」
【Noel Gallagher's High Flying Birds】ノエル・ギャラガー5/16名古屋レポ。ファッキン・オン。
ファッキン悲願だったノエル・ギャラガーの単独公演に行ってきました。愛知県芸術劇場。フォーレターワードが似つかわしくない小綺麗な会場で、全席指定のためロック系コンサートとしてはどうだろう?と思っていましたが、音響は良いのであまり飛び跳ねたりするタイプではないノエルのライブ会場としては良かったかもしれません。
さてライブの感想としては、「細けえことはどうでもいいんだ曲が良いなら」というところですね
「良い曲いっぱい聴けて嬉しかったです」みたいな自我も芽生えてないクソガキ並の語彙ですべて足りてしまう気がします。
もはや童謡みたいに染みついているオアシスソングは言うに及ばず、NGHFBの曲も含めてこれ以上にしっくりくるメロディーないだろみたいな旋律をなぞるため、全曲しっかり心地いい。そんな2時間弱のライブでありました。
予想通りFort Knoxで始まり、Holy Mountainへ。
サイケな音作りなのに歌えて楽しい、なんだか童謡のようでもある曲。
今までなかったサウンドメイキングが特徴的なKeep On Reaching、ベース音が心地よいBeautiful Worldと続くんですが、その間バックの映像もWho Build The Moon?仕様の凝った映像になっていて、アルバムの世界観が目と耳に訴えかけてきます。シングルになるような曲ではないにせよ、このKeep On ReachingとBeautiful Worldの2曲、個人的にWho Built The Moon?の特徴を最も凝縮している気がしてたので、セトリに入るのも納得でした。というのも、リズムセクションが主体となっていて、サウンドメイキングもサイケで色彩豊かなので、これまでの「のっぺりしてるけどメロディーが神なので文句なしに名曲」な曲群とはちょっと一線を画す作りだと思ったからです。正直なところ、オアシス~NGHFBと来て、音作りそのものが面白いと思ったのはこの2曲が初めてでした。
お次はまたWho Built The Moon?から、She Taught Me How To Fly。最新作では一番ポップで爽快感あって好きだったので嬉しい。
お次はYouTubeで公開されてた新曲Black Star Dancing。YouTubeで聴いたときはディスコを意識したような曲調がいまいちピンとこなかったんですが、ライブで聴いたら結構良かったです。ノエルさんこのまま実験的なダンスミュージックっぽい音作りに進んでいって某U2のように「POPというタイトルの割に毛ほどもポップさの無いアルバム」を作り始めないかと心配だったんですが、杞憂かもしれません。結局アレンジが凝っていっても根底にド級に優れたメロディーがあるので大抵のジャンルは無理なく取り込めるかもなあとかなんとか思いました。
そして今回最初のオアシスソングはTalk Tonight。I wanna talk tonightのあとのギターのキラキラしたフレーズがそこはかとなく寂しさのあるメランコリックな曲でしっとりした気分に。なんか年取るほど好きになってく曲。
そしてイギリス版水戸黄門と揶揄されてた名曲The Importance of Being Idle。ノエルはアコギで、ゲムがエレキで支える。この曲のギターソロほんと好き。ノエルの書くギターソロってお手本みたいなギターソロだなーといつも思うんですけど、なぜかというと完全に曲の一部と化してるからなんですよねぇ。「あたしのギターを聴け!!」とシェリル・ノームばりに主張激しいギタリストのテクニック見せたいだけの手数多いソロとか、逆に曲の構成考えるのがめんどくさいからとりあえずギターソロいれとけみたいな惰性のソロとは違って、曲に必要な部分を過不足なく取り入れてるから美しいんだなーと感心します。逆にここまでギターの使い方がドライなギタリスト珍しいなと思ったり。
なんかこの辺で「Noel! True rock'n'roll star!!」みたいな声を上げる人がちらほらいたんですけど、「確かに」とか「知ってる」みたいに適当に答えるのが面白かった。
あと、ちょうどマンCが優勝したタイミングでの来日で、それについても叫ぶ観客がいたんですけど、「おお、サンキュー」みたいなノリで返したあと、隣のベーシストを指さして、「彼リバプールのファンなんだよ」って本気で笑ってた。
そういえば、「名古屋には何があるんだ?何も?東京にも何もない、ロンドンにも、ニューヨークにも何もない、で名古屋は?」みたいなことを特に考え無しにしゃべってた気がするんですけど、あれなんだったんだろう。テバサキ!コーチン!とか叫んでおけばよかったんでしょうか。急に鶏肉について叫び出す観客やばいだろ。
さて。ソロになってからは頻繁に演奏されてるらしいLittle By Little。他の名曲に埋もれてるけどサビのキャッチーさと情感はオアシスソングのなかでも最上位な曲。ゲムも自分の参加し始めたころの曲でやりやすかったんではないでしょうかね。
さて唯一以外だった選曲として、Who Built The Moon?のボートラだったDead In The Waterが聴けたのは嬉しいところ。正直に言うとボートラのくせにアルバム一番の名曲なのでは?と思ってたんですけどライブでやるってことは結構気に入ってたんすね兄貴。
Dead In The Water (Live at RTÉ 2FM Studios, Dublin) (Official Lyric Video)
そして大名曲Everybody's On The Run。ノエルにしてはストレートな応援ソングっぽいんですけど、ラストのストリングス入ってくるとこが泣ける。Hung in there alone, you gotta hold on, you gotta be strong enough for love.オアシス解散後の曲とあってくるものがある。
Lock All The Doors。この日一番ロックらしい曲。この曲もギターソロが光る。
If I Had A Gunは発売前にDon't Look Back In Angerレベルの名曲と噂されてた曲。優しくて切ない音色に極上のメロディーセンス。単純なコード進行。Let me flying to the moon~からの畳み掛けるような展開に感極まるーーー!!
「ハッピーバースデーノエル!」の声に対し「ありがとう。まだ2週間くらいあるけどね。プレゼントはある?」と答える。それでタオルを掲げる観客に対して「それ俺のグッズだろ」とか「プレゼントもカードもなし?何も無いなら二度と名古屋には来ねーぞ!」と言い放ってめっちゃ笑った。
The Masterplan。最強のB面ソング。 ストリングスが特徴的で、暗い曲入りから迫力のあるコーラスまで、奮い立たせるような曲展開。元々ストリングスがふんだんに用いられているためか、NGHFBの色にも合ってる気がする。
そして一気に歓声が上がったWonderwall。当然のごとく合唱になるわけですが、去年見たリアムの公演でも演奏されてた曲だけに声質の違いににやける。ところでこのとき背景に映ってた赤い山の映像、レディオヘッドのKID Aっぽくなかったですか?絶対他に思ってた人いると思う。
本編最後は意外にもStop Crying Your Heart Out。オアシスの名曲の中でも結構過小評価されてる気がする。暗い暗いAメロから急浮上してからのコーラスの明るさ。めちゃめちゃ美しい曲。昔オアシスを知らない父がこの曲良いって言ってたなあと思い出したり。
さて形式的にアンコールを挟みさっさと出てきてからはAKA...What A Life!この曲こそ、ノエルがソロに転向した意義というか、NGHFBにしかない特徴が詰まった曲だと思ってる。なんというか、ディスト―ションかかったギターをじゃかじゃか鳴らすんんでしゃなく、ピアノ主体の洗練された音作りが新しかったんですけど、ライブで聴くとクールであり熱い曲に。WHAT A LIFE!(なんて人生だ!)で規模の大きい小峠を思い浮かべた。すぐに追い払った。
続いてHalf The World Away。かわいらしい曲調で、Talk Tonightと並んで歳取るほど好きになってくる曲。好き。
そんでやっぱりアンコールで入れてきたDon't Look Back In Anger。アコースティックギターでの軽いアレンジでした。コーラス2回は観客に歌わせ、ラスサビはノエルと一緒に歌う。もうこれ国歌でいいと思う。
Don't Look~で終わりかと思ったら最後敬礼してAll You Need Is Love。どっちかというとリアムの方が声質はジョン・レノンに近いんですけど、不思議とやわらかくて伸びのある歌声がマッチしてました。ほんわか楽しい終幕。
会場を出ると、ハッピーバースデー企画の寄せ書き旗が。日本語ちらほらあるけど多分読めない。
全体として、ノエル自身が言ってましたけど「プロフェッショナルなステージ」という感じでした。荒っぽさはなく、洗練されて、危なげもなく、ひたすらに名曲が演奏される、という。ある意味ロックっぽさは薄く、本人の声やギターの演奏はもちろんコーラスやバックバンドもかちっとしてるのでリラックスして曲を楽しめたのでした。というか何気に50越えて全然声変わってないように聞こえるの、すげえなぁ…。
あとハンサムなゲム・アーチャーが白髪になってた。賭けてもいい、絶対ポール・ウェラーを意識してる。