南極猿手帖

だいたい音楽の話(邦:洋=2:8くらい)をしている人です。ライブに月1~3回くらい行ってます。

モリッシーの『イングランド・イズ・マイン』 鑑賞。スミスのスの字もなかった。

モリッシーことスティーヴンの伝記映画『イングランド・イズ・マイン』を観ました。封切りの日だからか予想外にそこそこの客入りもあり(あくまでニッチな映画にしては、ですが)、好調な出だしかもしれません。うまくいけば、うん、ボヘミアン・ラプソディーの千分の一くらいかも。

 

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さて完全に真っさらな気持ちで観たい方は読まない方がいいと思いますが感想をば。

 

まずこの映画、事前に聞いていたとおりザ・スミスの存在を徹底的に消しています。スミスのスの字も出てこないと言いましたが、スを取るとザ・ミになってしまいます。

 

それもそのはずここで描かれるのは「モリッシーが始まるまで」であって「スミスが始まるまで」ではないからです。スミスの名曲群というのはある意味「スミスというバンドが成功した証」なわけで、今回の映画で一瞬たりともスミスの曲が流れなかったのは本筋的には正しかったんですなー。

 

まず、モリッシーあらためスティーヴンの描写が良い。うじうじしてて内向的、自分から動こうとせずやたら悲観的なわりに周囲を見下しているという。BUMP OF CHICKENの"イノセント"の歌詞に出てくる「努力はおろか行動さえ起こさないのに 周りの奴らはずるいと決めて」とか「芸術に関しては見る目がある気がする あれは駄目でこれは良い 趣味の話」という人物像にぴったりな好人物っぷり皆無のキャラクター。

 

と書くと誰がそんな奴好きになるんだと思われるでしょうが、それはだって観客はほぼ間違いなくスミスが好きでモリッシーにやられてしまった残念な人達なので、不快どころかニヤついた人の方が多かったのではないでしょうか。

 

神経質そうにノートを取り、乱暴にタイプライターを叩いて、思索や詩の類を内にため込むだけため込んで、でもそれを人前で発表したりはできず、鬱屈とした日々を過ごすばかり。

 

さて、僕が一番好きなスミスの歌詞にこんなんがあります。

 I was looking for a job and then I found the job

 And heaven knows I'm miserable now

 職を探してた 職が見つかった

 僕のみじめな気持ちを神様だけが知ってる

 

 

映画のスティーブンも終始こんな感じで、複数の仕事には就くものの全く身に入らず、音楽で大成することを夢想するばかり、なのに行動は起こさない。

 

そう、これは世の中に何万といる「芸術家ワナビ」の痛いところをこれでもかと描きまくった、その手合いの人間にはグサグサ刺さるノットサクセスストーリーなのです。

 

 

とはいえ、モリッシーの才能の片りんについてはところどころちゃんと描かれていて、同じく芸術家肌の仲間(?)たちに特異性を見出されたり、一度だけ描かれるステージの場面ではしっかり観客を惹きつけていたり。ちなみにスティーブンの陰キャっぷりが伝わりすぎて初ライブの場面は観ててなぜかちょっと心臓がドキドキした。

 

 

個人的に好きなシーンがありまして、挫折したスティーブンが「この世界は僕向きじゃない」と口にするシーンがなんですけど、自分が劣っているとかまさっているとか、それ以前に自分から隔絶されているというか、異質なものに見える感覚がすごいわかってグッサグサきました。それでいて別に特別な人間にもなれないジレンマ。

 

 

見どころは、そんなスティーブンが次第に「モリッシー」になっていくところ。無口な陰キャだった彼が、次第にシニカルに言葉を返せるようになっていき、なんだかだんだん立ち居振る舞いもふてぶてしくなっていく様がすげえニヤニヤします。視覚的にも、みんなが知っているモリッシーに近づいているのがわかって楽しい。

 

 

もうひとつ。ジョニー・マーがもうほんと、ここぞというタイミングで現れて、短い時間の中でしっかりと二人のそれからの関係性を予期させるような出方をするのもとてもいい。はっきり言ってとっつきにくいモリッシーに、ただただ純粋な興味の視線を向けるのが、劇中でただひとり、ジョニー・マーだけだったというのがもう。

 

 

まあそんな感じで、物語の進展してなさっぷりがすごいんですけど、とにかくスミスが一秒も出てこないのに、スミスの予感を多分に感じられる映画だったので、とりあえず社会と学校と教師と仕事を憎む、心に茨を持つチャーミングな皆様方は観に行かれるとよいと思います。ほっておくとI Know It's Overな状態になりかねません。