南極猿手帖

だいたい音楽の話(邦:洋=2:8くらい)をしている人です。ライブに月1~3回くらい行ってます。

消臭元がドイツ語だった

消臭元といえばミゲル・ゲレイロくんの美声が有名なCM、だと思っていたらそれは別商品の消臭力の方だったそうで、高い製作費を負担しておきながら小林製薬の商品と混同されるエステーに深い同情を禁じ得ない。

 

ところで「消臭元」をローマ字に変換すると"shoshugen"になるわけだが、これがなんともドイツ語っぽいという気づきを得て、一人狂熱の渦中にいる。

ご存じの通りドイツ語検定4級を保持している上位ドイツ語話者のワタクシが脳に蓄えているドイツ語彙は優に2ケタを数えるわけだが、ここで代表的なドイツ語を羅列してみる。

 

kugelschreiber(ボールペン)

waschen(洗濯する)

schwimmen(泳ぐ)

shoshugen(消臭元)

freuen(うれしい)

total(完全に)

 

馴染んでいる。なんならtotalとかよりドイツ語感が強い。

 

ポイントは~enにある。

ドイツ語は主語によって動詞の語尾が変化するが、原型は~enで終わるものがほとんどである。殆どの文章を作るためには動詞が不可欠なので、~enをみかける頻度は爆裂に高い。そのため、shoshugenはドイツ語の動詞っぽさが強い。

 

しかし、~ゲン、で終わる日本語は他にもたくさんある。

高原⇒kogen

最低限⇒saiteigen

人口減⇒jinkogen

 

ではなぜshoshugenが抜きんでてドイツ語感が強いのか。

それは、何やってんだろう感が強くなってきたのでもういいかな感が漂ってきている感。眠いゲン。

 

 

しあわせソングス★はじめまして、ミゲルです

しあわせソングス★はじめまして、ミゲルです

 

 

【Giovanni Allevi】名古屋 レポのようなあれ

今年で4年目になりますが、ジョヴァンニ・アレヴィのコンサートに行ってきました。

Go With The Flow、Downtown、Prendimiなどなど定番ソングは勿論、新旧の名曲が聴けてかなり良いセットリストでした。

 

何より、PanicVento D'Europaが聴けたのが本当にうれしかった。

Panicは曲名とは裏腹に休日の朝の静かーな気持ちにさせてくれる癒しの曲で、逆にVento D'Europaは孤独が音となって波のように押し寄せてくる曲。

PanicはともかくVento~はちょっとマイナーな曲っぽかったので非常に嬉しみである。

 

さて今年は演奏が始まる前にちょっとした小話があったんですが、それが結構印象的でした。

 

去る29年前、当時21歳のジョヴァンニがイタリアの劇場で初のコンサートを催した日のこと。このころはクラシックのレパートリーを弾いていました。

今でこそ5万人を動員するイタリアきってのスターですが、当時はなんと5人の観客しかいなかったそうで。あまりの客の少なさに、コンサートをやっていないと勘違いした人がドアを大きな音を立ててガシャンと閉めるなんてことも。見かねて、観客の1人である婦人が「こんな状況なら、演奏できなくても誰も責めないわ」と声をかけてくれたそうです。

前途が思いやられるスタートで、バッハを弾きながらとても惨めな気持ちになったとのこと。

しかし、その後ショパンを弾いたところ、先ほど声をかけてくれた婦人がそれを聴いて涙を流していたそうです。

 

その後コンサートが終わって、宿もなく、途方に暮れながら駅へ歩いていきました。駅ではその日使った楽譜を見ながら、一日のことを振り返ります。

そのとき喚起された感情が、「これが芸術だ」と言えるものだった、と。そんなエピソードでした。

それから時は立ち、自作曲で人気を獲得したジョヴァンニは大きな会場でコンサートを開き、前列にあの時の婦人が座っていることに気が付きます。

「ね、あなたはきっと人気になるってあの時言ったでしょう?」と。

 

かっけぇ。押しも押されもせぬイケメンである。

 

 

今では日本で言うと多分坂本龍一とかそのへんのレベルのスターのなんですけど、こんな過去もあってあれほど琴線に触れる音楽を作れるんだなあと思った次第です。

来年も来たら絶対行きますが、そろそろ夏以外に来てほしいなと思ったりします。

 

でも行く。

 

 

Equilibrium

Equilibrium

 

 

 

ジョヴァンニ・アレヴィ Tokyo Stationですっとエモくなる

ジョヴァンニ・アレヴィが大好きで毎年コンサートに行ってるんですけど、今回のコンサートに行く前にTokyo Stationを聴いて改めて良いなと。

 


Giovanni Allevi - Tokio Station

 

彼の曲は叙情的なメロディが魅力ではあるんですけど、流れてるリズムや音の飛び方、曲の展開ががどこか「ヘンテコ」なところがフックになっている気がします。

 

Tokyo Stationはコンテンポラリーな雰囲気で、ロックみたいなリフで始まったかと思ったら、ふっとめちゃくちゃエモい展開になっていって、このあたりの勾配でぐわんぐわん感情を揺すられます。

 

エモくない曲が急に調性感を出して、すっとエモくなる。この方法論は結構「面白い曲」のカギなんじゃないかと、ふと思いました。

 

さてー。コンサート楽しみー。

 

『蜜蜂と遠雷』が漫画だった

蜜蜂と遠雷直木賞本屋大賞受賞の長編小説で音楽モノってことで読んだんですけど、上下巻で800ページ?くらいあったんですがさらっと読めました。

 

恩田陸先生の名前は知ってましたが読むのは初でした。文体は口語が如何にも口語っぽいところ以外癖もなく読みやすかったです。

 

物語は導入以外は基本的にずーっとひとつのコンクールを追っているもので、型破りな天才と、正統派の天才と、復帰した元天才と、自覚する凡人とが主人公で、それぞれのバックグラウンドがユニークでした。

 

あと、音楽を完璧に小説に落とし込むのってもう無理じゃないですか。どれだけ精緻で明晰で豊かな表現力で書いても伝わりきるわけないわけです。

なのでこう、表現の仕方が単調だったり、興奮が伝わりづらい描写だったりするといまいち読者も乗れない(ラノベとかのライブ描写によくある)わけですが、もうあらん限りのメタファーと殆どファンタジーな表現を駆使して、「とりあえずなんかすげえ」ことが何故か視覚的にわかるという、なんだか漫画みたいな感覚で読める小説でした。

 

ピアノコンテストの運営についても、まあどこまで事実かわかりませんが勉強になったし、素直に読んで良かったです。

 

あと自分はピアノは弾けないんですけど楽器が触りたくなってきます。登場人物に当てられて、アホほど楽器を練習してみたくなる。

 

そんな感じで、クラシック詳しくない人も楽しいので読むとよろしいと思います。

 

 

蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

 

 

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

 

 

 

結局、実験的な音楽とは何なのか?みたいな話

ふと、「実験的」な音楽ってなんだろうなあと考えてみました。

 

レディオヘッドとか、


Radiohead - Idioteque (Official Video)

 

Public Image Ltdとか、


Public Image Limited - Death Disco

 

キャプテン・ビーフハートとか、


Captain Beefheart & His Magic Band - German TV 1972

 

なんかいろいろありますが。

 

「実験的」を辞書で引いてみると、「ためしに行なってみるさま。 」みたいな定義が出てきたりするわけですが、人が聞いて「実験的だなあ」と思う音楽というのはちょっとこの定義からはずれる気がしています。

 

たとえば新しいところだと玄米法師、じゃない米津玄師さんとか星野源さんなど。

曲の中に他人があまり使わない音色(ウェッ)を入れたり、ポップスっぽくない音階を使ってみたり(フラミンゴとか)と「実験的なパーツ」はふんだんに使われているわけですけど、曲としてはとてもすっきりまとまっていて、ポップス以外の何物でもない仕上がりになっております。

 

じゃー結局、実験的ってなんだと思ったので、自分が「実験的だ」と思った曲を思い返してみました。

 

This Heat "Horizontal Hold"


This Heat - Horizontal Hold [HD]

 

Public Image Ltd. "Flowers of Romance"


Public Image Ltd.- The Flowers Of Romance (Top Of The Pops) 1981

 

John Frusciante "Same"


John Frusciante - Same - Outsides EP (New Song 2013) - HD

 

 

 

ストパンク多いな。

 

 

 

で、考えてみたところ、ここで共通するのが、

「その曲に対してどういう感情が喚起されるべきか分からない」ことかなと。

 

「実験的」ってのはそれだけ理解しがたいことを言うと思うんですけど、「初見(聴)時にどうリアクション取ったらいいかわからない音楽」ってのは割と定義としてアリな気がしています。

 

言い換えると、その曲を聴いて楽しい気持ちになればいいのか、悲しい気持ちになればいいのか、クールな気分になるか、血が沸き立つようなものなのか。

それが一聴してわからない曲ということになります。

 

 

まあだとすると、「実験的だなー」という印象を持たせつつも売れる音楽を作るってのはめちゃくちゃ大変な作業だなあと思う次第です。だってリアクション取りづらい音楽を繰り返し聴こうとは普通思わないですからねー。

 

 

そういう意味ではやっぱりレディオヘッドの「OKコンピューター」やピンク・フロイドの「狂気」なんかは絶妙に実験的でありながら感情の琴線にも触れるポップな面もあって、やっぱり偉大な作品だなと思い知らされております。あとビートルズのホワイト・アルバム。No.9はやりすぎ。

 

 

 

 

ハッピーバースデーソング、難易度高い

ハッピーバースデーの歌(正式名称不明)、もしかするとこの世で一番多く歌われている歌なんじゃないかと思うくらいポピュラーな存在なんですけど、その普及率の割に歌うには結構エグい難易度の曲な気がしています。

 

冒頭の

  ハッピバースデェートゥーユー

  ハッピバースデェートゥーユー

 

まではいいんですけど、

 

ハッピバァァ(⤴︎⤴︎⤴︎)スデイ、の急上昇っぷりが苛烈。

指数関数なの?みたいな上がりっぷり。

ダイビングだったら減圧症にかかってる。

 

さらにDearのあと。

ここ打ち合わせもなく即興でお誕生日様の名前入れるじゃないですか。

あれ、苗字か名前かあだ名か、一瞬で判断するのきつくないですか?

親しい人が「ユウスケーー!フゥウ!」みたいに歌う中、

あんまり仲良くない人は「奥村さぁぁん…」とかだったりして。しかも自分だけ呼び方違った時の気まずさったらない。なんならそいつの下の名前知らないんですけど。

 

普段の関係性とか場の空気とか色々加味してディアの後の名前を決める、インプロビゼーション。メロディ同じなのにそれぞれの名前の文字数で収めなきゃいけないし。

 

 

怖い、怖すぎる・・・もう親しい人以外誰も目の前で誕生日を迎えないでほしい。

なら僕が消えた方が、早いか。(たられば)

 


Happy Birthday song

 

そんなわけでみんな、The Birthdayの新譜が出たから聴こうな。

 

VIVIAN KILLERS(初回限定盤)(DVD付)

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【amazarashi】ZEPP NAGOYA 6.2 未来になれなかった全ての夜に

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amazarashiのライブはいつも情報量がすごい。


スクリーンに投影される無数の文字と、幕越しにうっすら見えるバンドの熱演と、生生しいバンドサウンドとエレクトロっぽい音色が混じっているために、たぶんamazarashiを知らない人が見たら消化不良を起こすくらいの情報量が襲ってくる。

今回のライブもまた数々の鋭かったり優しかったりする言葉にやられたはずなのに、思い出そうとすると中々出て来なかったりします。

 

「未来になれなかった全ての夜に」と題されたライブの中に、おそらく皆自己投影するところが少なからずあったはず。孤独や挫折や世間との不協和について歌う歌詞に共感し、共感するだけではなくそれに対する答えみたいなものも同時に得ようとするため、みんな飼い主が帰ってきた足音に気づいた犬のごとく一心にステージを見ていて、いつも通り異様なライブなのでした。

 

なんとなく「未来になれなかった全ての夜に」という題名からすると過去のレパートリーが多いのかと思いましたが、「さよならごっこ」や「リビングデッド」をはじめとして新しめの曲が多い印象で、その中に「ひかり」など最初期の曲も混ぜ込まれているようなセットリストでした。

 

特筆するところだと、今回「空洞空洞」のかっこよさを再認識しました。実験的な音作りが目立つのですが、ゾクッとするサビに万感の気持ちが溢れてきて、泣くような類じゃないのにウルッとくる、そんな瞬間がamazarashiのライブにはよくある。

 

 

さて「月曜日」を聴いたライブの翌日は月曜日で、どんな気持ちで週明けを迎えればいいんだろうと思いながら帰路につきます。

嫌なこと嫌っていうの、そんなに自分勝手かな。働きたくない。