南極猿手帖

だいたい音楽の話(邦:洋=2:8くらい)をしている人です。ライブに月1~3回くらい行ってます。

「ASKAは脱退したチャゲアスの曲を歌うな」って誰だよお前

チャゲアスを胎教音楽として聴いてきた世代としては、ASKAの脱退のニュースは中々にこたえるものがあり、「実家が半壊しましたよ」と告げられたような感覚に苛まれております。

 

早速我らがTwitterは「これじゃCHAGE and...になってniko and ...みたいですねw」とかクソつまんねぇ大喜利ツイートで溢れており、そのつまらなきこと芋洗坂係長とですよ。だけで60分構成されたエンタの神様のごときでした。ここが地獄か。

 

さて。そんな感じでショックはショックだったのですが、ASKA本人にやる気がないのは以前から何となくわかっていたことなので、結局脱退宣言の前と後で大きく事情が変わったことはない気がしています。だからまあ「やっぱりかー」という感じでした。ジョン・フルシアンテの脱退、マンドゥ・ディアオのグスタフ脱退、オアシスの兄弟喧嘩などを見届けてきたので、その辺のメンタルはかなり鍛えられてるのかもしれないですね

 

 

で、今回の騒動(?)で気になったのが「もうチャゲアスの歌は歌わないでください」系のコメント。一部ではありますが、ちょいちょい散見されたので、少し書こうかなと思います。

こういうことがあると他人に石投げて溜飲を下げる手合いが出てきますが、やっぱりかー、と。

 

「名義の関係で歌えない」ってのは詳しい人に任せるとして、道義的な面から言ってる人いますけど、「それ誰得なん?」てのが正直な感想。

「ソロでチャゲアスの曲は歌ってはいけない」という雰囲気ができて、実際本人も演奏しなくなったとして、それで誰か得するんですかね。あるいは誰かが守られるんですかね。

百歩譲って、例えば今の状況下で「テレビでチャゲアスの歌を演奏するのは良くない」ってのはなんとなくわかるんですけど、演奏するのってASKAのソロコンサートとかじゃないですか。コンサート行くの?そういうご意見番様。絶対行かないし、何ならその頃には忘れてるだろ

 

なんというか、自分の預かり知らないところで誰が何歌ってようがどうでもよくないですか?

 

 

まあ、正直本人のブログとかかなりモヤっとする内容だし、薬物関係でASKAがやらかしたのは紛れもなく事実なんで、彼に怒るのは個々人の自由だと思います。二度とコンサートに行かないとか、曲聴かないとか、それも好きにすればいいでしょう。ただ、曲を演奏するかしないかまで口出すのはどうなんですかね。残ったCHAGEさんの方もやりづらくなりそうですが

 

 

チャゲアスの大ファンで、ASKAのソロコンサートがあれば必ず行くけど、チャゲアスの曲を聴くと複雑な気持ちになる」とか、そういう人の気持ちはまあわかるんですけどね…。普段大して関心ないのに、謎の裁定を下したがる人たちは、ほっとけばいいのになー、という感じ

 

 

個人的には、歌手の人間性とか過去のこととかどうでもいいので、良い曲を良い演奏で聴かせてくれればいいかなという感じです。

ほら、ミュージシャンに人間性求めだすとレッドベリーとか聴けなくなるし…